【書評】葬式は、要らない

【書評】葬式は、要らない

葬式は、要らない (幻冬舎新書)

 

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 葬式は贅沢である
第2章 急速に変わりつつある葬式
第3章 日本人の葬式はなぜ贅沢になったのか
第4章 世間体が葬式を贅沢にする
第5章 なぜ死後に戒名を授かるのか
第6章 見栄と名誉
第7章 檀家という贅沢
第8章 日本人の葬式はどこへ向かおうとしているのか
第9章 葬式をしないための方法
第10章 葬式の先にある理想的な死のあり方

 

これからの、葬送を考えるために欠かせない、葬式の歴史、そして、日本人の感覚について、宗教学者の島田氏が語ることには大変含蓄があります。このサイトでは「葬式は、要らない」をいくつかの視点から、私なりに書評していきたいと思います。

 

著者の一貫したメッセージは、現在日本で慣例になっている葬式が「贅沢」であるという点であり、それは本書の冒頭にはっきりのべられています。

 

 

「葬式は贅沢である-これが、本書の基本的な考え方でありメッセージである。贅沢とは何か。それは、必要の限度を超えて、金銭や物などを惜しみなく消費することである。葬式が贅沢であるなら、それは本当は必要のないものなのではないか。議論は最終的に「葬式無用論」に行き着くはずだ。」(P15)

 

「葬儀は決して喜ばしい場ではない。その点で、贅沢をすべき機会ではないはずである。だが現実には葬式に金をかけ贅沢する。」(P30)

 

「葬祭業者がからむことで、葬式にかかる費用は確実にあがった。社会が豊かになり、何事にも贅沢になったことが、葬式の世界にも及んでいるのである。」(P124)


私自身は、かなり葬式に関してはシンプルな考え方をしています。仏教を信仰しているわけではないこともあり、現在の標準である仏式で葬儀を営むことは殆ど考えていません。

 

故人を弔う気持ちとは全く別のものとして、葬式をシンプルにすることを提案しています。このサイトは、そのための実証として実際に生前見積もりをとり(祖母の葬儀の見積もりで連絡しました)14万8000円という費用で葬式が完了できることも確認しました。

 

普段の生活で、貴族のような、贅沢が出来る人というのは、ごくごく限られていると思いますが、葬式だけは、盛大にするというのは確かにおかしなことです。それが普通だとみなされていた、この状況こそが、少しおかしかったというのは、今になって語られるようになっています。

 

この本の中では、世界の葬式にかける費用と日本の葬式費用が比較されています。日本では、なんと231万円が平均だったと言います。(この中の半分近くは接待費やお布施などです)高級車を購入できるくらいの価格なのですが、これに比して、他国で葬儀にかかる費用は参考までにあげると、90年代の調査ではありますが、アメリカ44万 イギリス12万 ドイツ19万 韓国37万でした。

 

ある意味で、ブラックジョークですが、著者は、日本の葬式の贅沢を揶揄して、宇宙葬を話題に出しています。宇宙葬とは、遺骨をどこかの星に打ち上げて埋葬するという新手のビジネスです(笑)

 

 

「宇宙葬の費用は100万円である。決して安くない。ロケットを使って宇宙に撃ち上げるのだから、かなりの大事である。それでも一般の葬儀費用と比較するなら、はるかに安い。100万円で葬式を出すとすると、今の標準からすれば、かなり質素なものになる。それからすると、宇宙葬でさえ決して贅沢とは言えないのである。」(P49)


決して、葬式の値段が高いのは、世界共通の認識ではなく、日本の葬式は「バカ高い」という現実がここにあります。著者は宗教学者として、この謎に正面から取り組んでいます。葬式の歴史をよく理解すれば、この問題にどう取り組むべきかが分かるようになります。まずは、葬式に金がかかりすぎるのは「異常なこと」で、それは死者を弔う気持ちとは全く無関係なことだという前提から、話を進めていきたいと思います。

 

今の日本の仏教が、葬式仏教と揶揄される現況や、戒名や日本の葬儀習慣のほとんどが従来の仏教に根付いていないことは複数の書籍を読んで、知っていたのですが、それを「見栄」や「世間体」と結び合わせて語ったところに、著者の鋭い眼識があるように感じます。著者は宗教学者ですが、社会学者の視点が織り込まれていて見事です。(そもそも、宗教と社会は不可分のものでしょうから)

 

また、檀家についての理解を深めることもできました。檀家が生まれたきっかけから、それがどのように現在の体制へとつながったのか。

 

 

「とくに江戸時代に入って「寺請制度」が導入されたことは大きな意味を持った。すべての村人は・・村内にある寺の檀家になることを強制された。各寺院は行政組織の末端に位置づけられ、いわば役所の戸籍係の役割を果たすようになる。それによって、村人は、必ずや仏教式の葬式をしなければならなくなり、戒名も授けられた。これを契機に、仏教式の葬式が庶民の間に浸透する。」(P75−76)

 

「檀家になるということは、自分の家の死者を弔ってもらう檀那寺を持つということである。・・・寺における毎日の勤めの中で、供養の対象になるのは檀家の先祖の霊だけで、そこに属していない人間の霊は対象にならない。その点で、檀那寺をもち、供養を委託できるということは特権的なことである。その点で、檀家になるということは、
平安貴族が味わっていたのに近い境遇にあることを意味する。昔なら上層階級だけが実現できたことを、一般庶民である私たちも経験出来ている。そう考えると、いかに檀家であることが贅沢なものであるか理解されるであろう」(P136)


もともとは平安貴族の「贅沢」であった、檀家制度、戒名、豪華な葬儀、それだけが、現在も続けられている。本来は、庶民のはずの、一般人も、こと、葬式となると、
その習慣だけは「貴族」のように「贅沢」に振る舞う・・・。これはあまりにもおかしなことではないでしょうか?というのが著者のもっとも、
言いたかったことではないでしょうか?

 

まさに、「贅沢は敵」なのです!(笑

 

 

私自身、葬儀はシンプルな方が絶対に良いという確信のもと、生前見積もりをしましたし、色々動いてきましたが、その自分の感覚にいわば「根拠」ができたような気がしています。現代の日本の、あまりにも高額なお葬式事情に疑問を感じる方にはぜひ、おすすめしたい良書です。

 

 

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葬儀屋さんと生前打ち合わせをしてみました。



 

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