【書評】死体の経済学

葬儀に関わる「原価」と「嫌儲」

このページは下記書評の一部です。
【書評】死体の経済学

 

この本でもっとも述べたいところは、従来の葬儀業界のぼったくり批判ではなく、新しい「死」に関連したサービス・ビジネスの広まりなのだけれど、従来の葬儀を引き合いに出すにあたり、ドライアイスと祭壇に触れており、この箇所がやはり物議をかもすよな〜と思いました。事実、葬儀屋さんのブログの中でも、この本を「トンデモ本」と断罪しているものもあります。

 

この本の争点はそこではないのですが、やはりショッキングな印象を与える序章です。ただ、「原価」に関しては、私はそこまで、指摘し続けなくても良いのではないかという印象は受けました。小売店をやってきたものとしての持論もあります。

 

ドライアイスは原価の数十倍

 

「ドライアイスは1日10キロほどが適量とされている。これらすべてが気体に変わる頃を見計らって葬儀社が表れて、また新しいドライアイスを棺に納めるというわけだ。

 

では、遺族はこのドライアイスにいくら払っているのか・・・1日8000円〜1万円というのが相場だが、なかには未だに「ドライアイス代1日3万円」などと高額な代金を請求する業者もある。」(P22)

 

「ほとんどの葬儀社でドライアイスは原価に比べかなり高い価格設定になっているというのは事実ですが、これはご遺体に触れるサービスに対するその「サービス料」が含まれているということなのです。」つまりドライアイスに対して払っていると思っていた1万円は、実はドライアイスを棺に納めている葬儀社の行為に対して払っていたものだというのだ。・・・遺体に触れるサービス料として適正な価格なのかどうかは分からないが、ひとつだけ言えることがある。原価の数十倍を請求することが唯一許されたビジネス、それが葬儀なのだ。」(P25)


ドライアイスはもともと二酸化炭素が原料で、化学製品の廃棄物処理過程で生まれているので、原価は非常に安いもの。10キロ3000円で卸す業者もあるが、アイスクリームなどを売る場合は、無料でつけているようなものだと言います。以前読んだ、奥山さんの本(【書評】葬式プランナーまどかのお弔いファイル)でも、できる限り費用をかけない葬式のパターンとして、ドライアイスは、近所のスーパーで無料でもらってきていた・・という下りがあります。

 

ドライアイスをあてるのは、血流が多い箇所だということで、素人でも(遺族でも)コツが分かればできるそう。

 

 

しかも安くドライアイスを入手することさえできれば、葬儀屋さんに依存することはないのだとか。今ではドライアイスも、アマゾンで売っていますし。10キロでやはり3000円くらいで売っている感じですね。

 

 

そうしますと、7000円くらいが葬儀社員の人件費ということになりますが、それをぼったくりとみなすかどうかは難しいところです。どんな技術サービス料でも出張時には、5000円くらい簡単に取られます(何もしなくても出張料)、遺体に触れるサービスを込みで1万円というのは、高すぎると言えるのかどうか、不明なところです。単なる物販ではないので、ドライアイスの原価が文字通り3000円だとしても、葬儀社も単に販売しているわけではないからですね。

「原価」にこだわられると辛い

私が文房具・事務用品の販売をしていたときも、「これは原価いくらだ」みたいなお客さんが来て閉口したことがあります。「原価」って単純じゃないわけですよね。そこに、店舗を維持するための経費、人件費などすべて乗っかっているわけです。それだけ利益を乗せるのが嫌だというなら、自分で卸し会社に保証金振り込んで、毎月数百個ずつ仕入たら良いのです。それはできないわけですよね、そんなにいらないから。だからこそ、「代行業者」としての「販売店」があります。そして「利益」として「原価」にいくらかを乗せて販売しています。なので「原価」「原価」と言われるとちょっと抵抗感があるのが正直なところです。

 

とまあ、ここは私としても、「元小売業」として異論もあるのですが、著者は、これをひとつの例示として、葬儀にまつわる「カネ」の問題に切り込んで行きます。(本書の中では、ドライアイス、祭壇、棺などのカネにまつわる話が取り上げられています)

 

おそらく、もっとも読者の注意を引くためにインパクトのある話題を持ち出したのでしょう。それは間違っていないと思います。私も、書店でパラパラ見ている中で、ドライアイスの「原価」というページが目に入り、買っちゃいましたからね。

 

著者の指摘は、葬儀業界にとって悪名高い「祭壇」に及んでいきます。著者が本書で指摘しているように、旧来の葬儀会社の姿勢を示したもので、現在は、大きく変わりつつある状況も知っておかねばなりません。

 

ともあれ、祭壇は儲かるのです。

 

祭壇レンタル業は大儲かり

 

「高額な祭壇も別に新調しているわけではなく、何度も葬儀で使用したものを「レンタル」という形で遺族に提供しているだけなのだ。「300万円の立派な祭壇を新調したら、60万円〜100万円でレンタルしますね。4〜5回葬儀をやればすぐに元がとれる。そして6回目以降はすべて儲け、維持費なんてかかりませんよ。わたしらがキレイに掃除をするだけ。うちで一番出ている祭壇はもう10年も頑張ってくれていますよ。」(中堅葬儀社社員)

 

生花まで使い回すという徹底ぶり
「祭壇を飾った花の中で安くて小ぶりなものは、葬儀が終わってご仏様とのお別れの際、棺に入れます。ただ、大ぶりで高価なものはそのまま我々が回収して、次の葬儀に使います。わずか数時間の葬儀だけで処分などするわけがないでしょう。私たちは一日とおしで使いますね。・・・「生花代」として一基につき1万円という金をとるが、実はそれが生花のレンタル代だったということを知っている人はどれだけいるだろうか。もちろん、そのような説明は葬儀社はしない。」(P45-46)


生花まで使い回している業者がいるとは知りませんでしたが、それが、そのまま請求されていると思うといらだつ気持ちも分からなくはありません。ただ、レンタルというのも、実際にはこのようなものですね。そのための「投資」、先行投資が必要というデメリットがありますが、回転率を上げれば上げるほど、儲かるのがレンタルというサービスの仕組みです。私たちも小売店時代に、備品のレンタル業をやっていたので、よくわかります。

 

それを一口にボッタクリだと言われると、心痛いのも事実です。消費者にとっては原価0円で、儲けやがってと思うのでしょうが、レンタル業者にとっては、正当なことをしているという自負があります。

 

祭壇の場合は、それが極端に高額であるということ、そして、レンタル業であるということがあまり知られていないことが問題なのであって、レンタルという仕組みそのものが悪いとは私は思いません。

 

ただ、この仕組み(あまりにぼろ儲けしている業界)が良心的に嫌になったひとは元葬儀社員でも多いようです。今は供花祭壇に軸足を移し、明朗会計の葬儀を打ち出している小林氏もその一人です。(【書評】「葬儀」という仕事(小林和登))祭壇の利益率やグレードがあがっても、原価はそのままという、高利益率の業界に疑問を感じて、自身の葬儀社を作りました。ティアの冨安氏もそうです。(【書評】ぼくが葬儀屋さんになった理由

 

上述のような元葬儀社員の内部告発のような形で葬儀社の利益率は公開されてきました。

 

 

今では、葬儀業界の裏側は、オモシロ半分でスクープされることが多いように感じますが、こうした流れも、消費者をよりシンプルなお葬式へと駆り立てている原動力になっていると感じます。

 

 

今は、サービスの中身を全て公開しても、「あ〜これだけやっているんだから、儲かってもしょうがないよな」と思えるような、いわば「透明」なサービス業が求められているのですね。

 

嫌儲という文化は日本に強く根付いていますが、それを考えると、なかなか難しいものだよね、これって。と思ったりします、そこで出てきたのが「葬儀周辺ビジネス」です。著者はそこに、焦点をあてて語っていくのですが。そうなると、この種の業者が自分たちの仕事の「凄惨な面」「たいへんな面」を喜んで語るのもよく理解できます。

 

葬式が贅沢だったのは、島田氏によれば「世間体」と『見栄』によるものでしたが、現在、葬儀業界が衰退している理由もまた、嫌儲に根ざす「ねたみ」だとすれば、日本人の気質ってあまり、良いものではないなと感じたりします。

 

 

あわせて読みたい

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