【書評】死ぬ前に決めておくこと―葬儀・お墓と生前契約

遺言するなら公正証書

終活を考える際に、遺言は避けて通ることができませんので、私もそれなりに調べてはいました。しかし、この本で、直筆の遺言書と、公正証書の違いを十分なくらい理解することができました。著者いわく、

 

「公正証書は、早く言えば裁判の判決と同じ効力を生じる。」(P91)

 

ようです。手書きの借用書と、公正証書の例で説明されていますが、友達にお金を貸して手書きの借用書を交わした場合には、お金が帰ってこない場合には裁判所に証拠書類を持って訴えにいき、審議の後に、判決が出て初めて差し押さえなどになるのですが、これを最初から公正証書で交わしていたらどうなるかというと、公正証書があれば裁判という手続きは一切不要で裁判の判決と同様の法的効力を発揮するのです。即座に差し押さえができるわけです。

 

ちょっと、例がアレなのですが、よく理解できます。としますと、遺言書を確実なものにしたいと思うなら、選択肢はこれしかないわけです。

 

 

「遺言するなら公正証書」というのが私の主張である。この方式は自筆証書の対極にあって、「往きは手間ヒマを要するが、死後は安全確実」な遺言である。」(P101)

 

「葬儀などの死後事務については、遺言者の「死」の瞬間から遺言の効力が発生するので、遺言者の生前意思を直ちに実行に移すことができる。このメリットは大きい。」(P106)


公正証書を作るための費用は数万円?なので、確実な遺言を残そうと思えば、この方法が確実です。中盤から後半は、この公正証書に関する記述に著者は頁を割いていますが、それは、生前契約という著者が提唱するシステムがうまく機能するために公正証書がかかせないからです。

 

生前契約を交わした誰かがなくなると、著者のNPOはすぐに活動を行います。故人が予め指定した方法で、死後事務を行い、葬儀を手配します。相続に関する事柄も扱いますが、普通はそこで家族が関わるわけです。家族がやろうとしているところに、このNPOが故人の意思を確実に尊重して物事を行うのは簡単ではありません。

 

ところが公正証書があれば、いわば有無を言わせないわけですね。

 

 

「本人が事前に、関係者に生前契約をしてあることを告げていた場合は、問題は皆無とは言えないが少ない。まったく知らされていない人が多い場合、除幕はやや険悪な空気がみなぎる。第二幕は「ホッとした」という空気が流れ、死者への尊敬の念がみなぎってくる。故人はそこまで考えて自分たちに迷惑をかけない手はずを整えていたのか、というのがおおかたの関係者の実感である。

 

このときの黄門様の印籠に匹敵するのが、生前契約の契約書や遺言公正証書などである。関係者それぞれに利害関係もあり、「本心」はともかく、建前として生前の本人意思が公正証書や自筆による書面などにより明確に示されたことに対して異を唱えることは、まったくといってよいほどない。第三幕は・・「ハッピーエンド」・・・「私たちも生前契約をしておかなきゃね」という会話が行き交う。」(P156)


故人の意思を確実に遂行するためには、法的な武装がある程度必要と言えます。特に金銭が関わる問題は大いにもめることがあります(相続など)いくら、自筆の遺言があっても、感情的にもめるわけです。これが、法的な書類なら、この問題をクリアできるわけです。単に葬儀に行い方だけではなく、相続や遺言という問題も踏まえた上で、生前契約の考え方は大変示唆にとむものです。

 

 

あわせて読みたい

葬儀屋さんと生前打ち合わせをしてみました。



 

これは、私の考えですが、葬式は儀礼を一切取り去り、
出来る限り「シンプル」にしたいと思っています。
私が実際に打ち合わせ、生前見積もりをした葬儀屋さんを
ご紹介いたします。メールのみでのやりとりも可能です。




直葬・火葬式可能なシンプルなお葬式プランが安い(資料請求)



スポンサードリンク

関連ページ

病院付き葬儀社の裏事情
まず最初にクリアしておかねばならないのは病院付きの葬儀社さんへの対応です。現実的な終活なら、これを見過ごすわけには行きません。
遺骨処理のために「墓」は本当に必要か
合理的に考えて遺骨の処理に本当に「墓」がいるのか?僧侶が語る言葉だけに説得力があります。