葬儀は宗教儀式なのかサービス業なのか

葬儀は宗教儀式なのかサービス業なのか

イオンのお葬式がもたらした仏教界への激震

 

「平成22年7月2日付けの産経新聞によると、小売・流通大手のイオンが、葬儀紹介サービスの一環として葬儀の際に「僧侶を紹介する」という業務も始めたことを紹介しています。そのインターネット上の紹介文の中で戒名の種類別や読経の有無ごとに、お布施の「目安」を打ち出しているというのです。」(P29)

 

「特別な信仰心のない人々にとっては、読経はもちろんのこと戒名ですら、習俗サービスの1つにすぎないという感覚の人が多い時代です。つまり、葬儀とて商品の1つに過ぎないという感覚なのです。商品には価格ないし少なくとも価格の目安がなければなりません。そもそもイオンは、完全な営利を追求する大企業です。そのような起業が扱っているわけですから、最初から習俗サービスであると判断するのが妥当でしょう。宗教的行為か否かの判断も含めて、信仰の自由はマーケットである一般大衆側にあるのであって、特定の宗教者側にあるのではないのです。イオンは他の商品の場合と同様、単にマーケットの欲する「商品情報」を提供したに過ぎません。」(P30-31)


 

本書で提供されている興味深い論点の1つは、

 

お葬式が宗教行事なのか?それとも習俗サービスなのか?ということです。

 

上記のようにイオンがお葬式サービスに参入した際に、仏教界からは反発の声が多かったそうです。お布施の価格を明示していることや、僧侶の派遣サービスのようなことを行っていることに、宗教的な意味での「冒涜」を感じた仏教界の僧侶たちは少なくなかったようです。しかし、一般消費者の立場からすれば、価格が無いようである、しかも、超高額。内訳はない、見積書はない、領収書もない、葬式仏教と揶揄される仏式の葬儀に関する・・・疑問が強く湧いてきていた時代だったので、イオンの取り組みはマーケットにあっという間に受け入れられていったのだと思います。

 

仏教界がどう言おうと、

 

すでに葬儀は宗教儀式としての意味を失っており、
そこに高額を投ずるのはナンセンスである

 

という見方が広がっています。宗教者にとっては危惧すべきことなのかもしれませんが、一消費者としてはそのほうがよっぽど合理的で良いわけです。

 

イオンのお葬式の場合は、もちろん、イオン自体が葬式を執り行うのではなく、地元の葬儀業者と提携して、顧客を横流しする、いわばマッチングサービスです。当然、競争も生じますので、これまでにはなかったことですが、価格が急激にデフレしていきます。イオンのような営利企業の場合は特に、市場が求めていることを素早く見ぬき、そこに参入して利益を上げるわけですから、実際のところ、このような変化は市場そのもの、今の世代そのものが求めていることという理解で間違いありません。

 

*どんなサービスも時代のニーズに合っていないとすぐに消え去ってしまいますから。

 

寺院や僧侶は公益法人としての自覚を持っているか?

 

「サービスへの報酬であれば、基本的には事前に料金の提示が行われていなければなりません。この場合は、明らかに公益法人ではなく営利法人になります。確かに葬儀における読経料、戒名料あるいは法事でのお布施の額を明示している寺院は少ないでしょう。しかし、そのことを地区ごとにおかれている世話人にいわせたり、葬儀社にいわせたりしている寺院が多いことは事実です。このようにして、住職がいういわないは別としてその寺院にとっての隠れた料金表は厳然とあるというのが、一般的な人々の認識でしょう。」(P32)

 

「これからはますます寺檀関係はうすれ、存続していったとしてもドライな関係になっていくものと思われます。そのとき、葬儀のときだけ顔を出す単なる読経サービスを提供している業者に、税法上の保護を与えているのはおかしいという意見が多数派を占めるはずです。そうならないためには、自分たちは公益法人にふさわしい公益性の高い宗教行為を行っているということを行動で示し、一般の人達の納得を得る必要があります。」(P34)

 

「今日では少ない出費で最大限の満足を得ようとする消費行動が広がっています。このため、商品は当然のことながら、サービスにも厳しい視線が注がれるのです。そして、自分の価値観で商品やサービスにシビアな判断をし、費用対効果をしっかりと見極め納得しなければ、決してお金を使おうとしない消費者層が広がっています。」(P163)


 

著者の指摘は、公益法人(宗教法人)の寺院や僧侶たちに厳しいものです。表立っては僧侶は、お布施や戒名の「料金」を口にはしませんが、実際には相場が「ある」のです。(僧侶たちは、一般的にはお布施は気持ちであると述べ、戒名料の存在も否定しています)

 

相場がある、または、価格があるとすれば、それはサービス業ですよね。

 

それは、営利法人と何ら変わるところがないのでは?寺院や僧侶が税制において優遇を受けるのはおかしいのではないかという率直な意見です。これは現在の仏教界の土台そのものを揺らがしてしまうような強い一撃ですが、お葬式の簡易化や、営利業者の参入から、この論点が炙りだされます。

 

本書で指摘されているように、今は、僧侶の資格を持っていても、いわば「食えない」時代です。寺の住職になれるひとはかぎられており、葬儀業者からの派遣サービスとして雇われている僧侶も多くいるそうです。寺ではなくマンションに住んでいるため『マンション坊主』と揶揄されることもあるようです。生活のため、別宗派の葬儀にも出向し、読経の種類が違うとトラブルになったり、低価格、固定給のため葬儀や法要の質が低下していることが報告されています。

 

ここにおいて、多くの人(消費者)の感覚は、

 

そもそも仏式で葬儀をあげる意味があるのか?

 

というところまで来ているのです。

 

著者が言うように、これは、江戸時代から400年も仏教界が怠惰であったことのしっぺ返しなのです。

 

小まとめ

葬式仏教に対する批判は、多くの葬儀に関する考察書の主要な要点になっていますが、本書の独特な点は、台頭してきたイオンのお葬式を例に取りながら、葬儀が宗教儀式なのかそれとも営利を得るためのサービス業なのか?という点を問うていることです。ここにおいて、読者は自由な立場で葬儀に関して考えることができる自由を手にします。

 

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